
堀内佳(ほりうちけい)さん
プロフィール
高知県四万十市生まれ
1歳 先天性網膜膠腫により両眼球を摘出し全盲となる
5歳 親元を離れ高知市の高知県立盲学校に入学
中学生の頃より独学でギターを弾き始める
1984年 盲学校卒業後、鍼師として病院に就職。このころより ソロ活動を開始
1998年 病院を退職し、プロミュージシャンとして活動を開始
2008年 悪性リンパ腫を患うが、翌年活動を再開
2011年 高知県知事より「高知県観光特使」に任命
2017年 生まれ故郷である高知県四万十市の観光大使に就任
2019年 共生社会への功績により、人権擁護功労賞 法務大臣表彰(ユニバーサル社会賞)を受賞
高知システム開発のソフトをどのように利用されていますか?
高知システム開発の製品は、開発当初から利用させていただいています。大田社長とともに開発メンバーだった高知県立盲学校の教員・北川先生や有光先生は、私の恩師なのです。
当時、盲学校にも機器が導入され、私たち生徒は開発と改良のプロセスに参加させていただいていましたね。
そういう経緯もあり、ユーザー歴はかなり長くなります。
ラジオのお仕事で
現在、地元・高知でラジオパーソナリティを40年ほど務めています。
radikoのプレミアム会員であれば、高知県外のかたにも聴いていただけます。

番組では、事前に話す内容を細かく決めることはせず、収録のときに思ったことや話したいことを自由に話しています。
リスナーさんからは、曲のリクエストや質問、メッセージが届き、それをディレクターさんがまとめてメールで送ってくれます。
そのメールを、パソコンで、MyMailやPC-Talkerを使って確認できるので本当に助かっています。
また、ラジオブースには点字ディスプレイ「BMS Air32」を持ち込み、パソコンから転送したメールを確認できるようにしています。
高知システム開発のソフトがなければ、今のように仕事を続けることはできなかったと思います。本当に感謝しています。
プライベートにも
プライベートでは、自分のことを発信する際によく使っています。
以前はウェブページも更新していましたが、最近は主にXで発信しています。
また、インターネット上のさまざまな情報を検索して調べる際にも活用しています。
高知システム開発のソフトがあって本当に助かったと実感したのは、2008年に大病を患ったときです。
ステージ4の悪性リンパ腫が見つかり、入院することになりました。面会謝絶の状態でしたが、病院にパソコンを持ち込むことで、外界とのつながりを保つことができました。
静かな病棟で、薬の副作用によって精神的に不安定になる患者さんもいる中、私は友人とメールをしたり、情報収集をしたりすることができました。
パソコンが使えたことは、精神的にも本当に大きな支えでした。
抗がん剤の副作用で口内炎がたくさんできるなど、かなりつらい時期ではありましたが、食事は毎回完食していました。
医師も驚いていましたが、そのおかげか、1か月後にはがん細胞が消え、半年後には完全寛解との診断を受けることができました。
現在も定期的に検診は受けていますが、再発することなく、元気に過ごしています。
音楽活動について教えてください
中学生の頃、畳の上に置いてあった先輩のギターを弾いてみたことが、音楽活動の始まりでした。当時はギターの弾き方を誰かに教わったことも、実際に見たこともなかったので、完全に独学で弾いていました。すると友達から「それ、お琴の弾き方だろ」と言われて、一般的なギターの弾き方とは違うのだと知ったんです。
左利きというのもあり、その弾き方が自分には一番しっくりきていました。
結果的に、そのスタイルを変えずに、現在まで独自の弾き方を貫いています。
この独特なギタープレイが、堀内佳の代名詞として、皆さんに覚えていただいているのだと思います。

詩を書く時には、必ずMyEditを使っています。Wordでもなくメモ帳でもなく、絶対にMyEditです。
MyEditは、とにかくシンプル。でも、必要で十分な機能がちゃんと備わっている、というところが、一番の魅力だと思います。
ユーザーに寄り添いながら作られてきたソフトだというのが伝わってきて、要望をたくさん取り入れて開発してくれたのがMyEditなのだと感じます。
ここまでユーザー目線で作られているソフトは、なかなかないと思いますね。
MyEditで文章を書いて、PC-Talkerで一行読みする この操作が、一番よく使っている使い方です。
高知システム開発とのエピソードを教えてください
思い出深いエピソードといえば、やはり一番最初の頃ですね。
今でこそ、メールならMyMail、ウェブならNetReaderというように、専用のソフトが当たり前のように揃っていますが、当時はそんなものは何ひとつありませんでした。
あの頃は、まずAOKワープロ(現在のMyWord)で文章を書いていました。
それを開発部の担当のかたが、うまく送信できるようにスクリプトを書いてくれたんです。そうしてようやく、ニフティサーブを通じてメールのやり取りができるようになりました。すべては、そんなところからのスタートでした。
何もないところから、少しずつ、色々なことができるようになっていく。それを支えてくれたのが、高知システム開発の皆さんでした。
彼らのおかげで、目の見える人たちと同じようなことが、少しずつできるようになりました。
その喜びは、今振り返ってもものすごいことで、本当に感動的です。
なぜなら、自分の人生の中で、社会への視野がどんどん広がっていくわけですから。いわば、『不可能が可能になっていく』ことを強く実感しました。
私がそれほど努力したということはなく、彼らに『こうやってみて』と言われた通りに進んでいったら、いつの間にかできることが増えていました。それが本当にすごいことだと思うんです。
そういえば、みんなで一緒にお寿司を食べに行ったこともありましたね。
一緒にお酒を飲んで、『これ、うまいね』なんて言い合えた時間が、私は本当に嬉しくて。やっぱり私は、人が好きなんでしょうね。
人が喜んでくれるのが好きだし、人と話をすることが何より 好きなんです。
そんなふうに、心を通わせながら一緒に歩んでくれる人たちがいる。
そのことが、本当にありがたいことだと感じています。

高知システム開発へのご意見・ご要望をお聞かせください
高知システム開発の創業当時から在籍しているベテラン社員の方に、ぜひ、若い社員の皆さんへお話をしていただきたいと思います。
この仕事を、どのような思いで、なぜ今まで続けてこられたのか。
そうした精神的な部分も含めて、今の若い社員の皆さんと共有していただくことが、とても大切だと感じています。
今は亡き大田博志社長と共に、一から会社を築き上げてきた経験と、すでに出来上がった会社に入社してきた立場とでは、仕事に対する考え方や思い、そして熱量に違いがあるのは当然だと思います。
だからこそ、その違いや当時の覚悟、会社に込めてきた思いを、言葉として伝えていく必要がある。
それは、これからの高知システム開発を支えていく上で、絶対に途切れさせてはいけない、大切なものだと思います。
一方で、要望としてひとつ、「夢」のような話ではありますが、もし可能であれば作っていただきたいソフトがあります。
それは、多重録音ソフトです。
例えば、チャンネル1でギターを録音し、次にボタンひとつでチャンネル2に切り替えてベースを録音する。
さらに、それを再生しながらチャンネル3でボーカルを録音する そんな多重録音ができるソフトがあれば、これ以上ないと思います。
正直なところ、売れる商品になるかどうか、現実的ではない要望であることは承知していますし、一からソフトを開発することの大変さも理解しています。
それでも、あくまで「こんな未来があったらいいな」という夢として、聞いていただけたら嬉しいです。
サービス部担当者より
幼いころから親元を離れ、盲学校で学び、就職、そして独立へ。
その歩みの中では、大病を患うなど、私たちの想像をはるかに超える困難が幾度もあったはずです。
それでも堀内佳さんは、そうした苦労を決して おもてに出すことなく、いつも穏やかで前向きな姿を見せてくれます。
その明るく気さくなお人柄は、初めて出会った人の心さえ自然とほどき、気づけば惹きつけられてしまう魅力があります。
そして、その人柄そのものが映し出されたような歌声は、まっすぐでありながらどこまでもやさしく、聴く人の心に静かに寄り添ってくれます。
また、当社や社員のことを長年にわたり見守り、知ってくださっている堀内佳さんだからこそ語れる言葉が、今回のインタビューにはありました。
そのひとつひとつが胸に残り、改めて前を向いてがんばろう、そう思わせてくれる貴重な時間となりました。
